教会の予定 他 |
教会は2014年に上記に引越しました。 |
3/5の説教要旨を追加 |
3/20(月) 中村集会 |
3/26(日)〜3/28(火) 室戸キャンプ |
2023年3月5日 説教要旨 神の法を目指し恵みへ ヤコブの手紙/ 01章 25節「これに反して、完全な自由の律法を一心に見つめてたゆまない人は、聞いて忘れてしまう人ではなくて、実際に行う人である。こういう人は、その行いによって祝福される。」 出エジプト20章から神様の律法に入っていき、本日は21〜23章には民の間での律法に入ります。20章十戒は「〜してはいけない」という禁止の命令であって、罪人には厳しい教えで、例えば、アルコール中毒の人に飲んではいけないは非常に難しいことなのです。続いて、十戒を飲まない人には簡単なようにTヨハネ5:3〜4には信仰者には戒めを守ることは難しいものではないと言っています。 イスラエルに命じられた律法は、人を大切にする教えと言えるでしょう。人権を認め、あわれみの行動をすることです。しかし、それが罪人には難しいのです。愛がなく、聖さがなく、自己中心ですから。奴隷については、奴隷は7年目には解放され、50年ごとのヨベルの年の解放(レビ25章)の取り決めは、どれほど神様が人を尊んでおられるかがわかります。律法を守るなら、神様が共にいて、祝福すると約束されました。しかし、それができなかったイスラエルは、私たちに人の罪深さを教えます。 律法の困難さは、一つにそれは行うことを要求していることです。考えや思いだけで終わってはならず、それを実践しなければ罪として厳しい罰があります。その故に、イスラエルはこの教えに従うことに失敗したのです。アブラハムやモーセ、ダビデのようにしっかりとした信仰がなければ不可能なのです。 イエス様の時代にも、表面的には信仰的に見え、飾っている律法学者、パリサイ人がいましたが、彼らの心は罪人のままで汚れているとイエス様に叱責されました。マタイ23章 なぜ、神様はこのような罪人に律法を与えたのでしょうか?それは律法によって自分の罪を自覚させ、悔い改めて、救い主を求めるようにさせるためでした。律法はキリストを証しするために与えられているとイエス様は言われました。ヨハネ5:39〜40 この後、イエス様は人の罪の贖いのための十字架と復活の救いの業を完成し、信じる者を義に導く救いの道を完成してくださったのです。 罪人がイエス様を信じる時、律法と罪の奴隷から解放し、恵みにより自由にし、新しい心を与えて律法を行うことができるようにしてくださいました。義を求める人はキリストに導かれ、恵みを受け、律法を行うことができる祝福を与えて下さいます。 |