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2026年3月1日 説教要旨 小さき者による神の栄光
 詩篇8篇1〜2節「主、われらの主よ、あなたの名は地にあまねく、/いかに尊いことでしょう。あなたの栄光は天の上にあり、 みどりごと、ちのみごとの口によって、/ほめたたえられています。あなたは敵と恨みを晴らす者とを静めるため、/あだに備えて、とりでを設けられました。

 主をほめたたえる言葉が小さき者の口から出て、敵を静めるとあります。この御言葉が直接成就した出来事が、イエス様がロバの子に乗ってエルサレムの町に入る時に起こりました。奇跡を行い、人々の完成をもって都に入る時、小さい子たちの口は「ホサナ」救ってくださいとイエス様に向けられたのです。この時、反対者たちは静まり、何も対抗できなかったのです。

1)主はご自身の栄光のため、小さい者、弱い者を用いられる。
栄光とは神のおられる事であり、神のご性質が現れることです。その栄光をあらわし、人に知らせるのが神の御旨です。

2)小さきものを用いられる
神が用いられようとするのは、小さい者たちです。放浪するアブラハムが選ばれ、数のすくないイスラエルが選ばれ、臆病なギデオンが選ばれ、羊飼いのダビデが選ばれました。彼らによって神はご自身の栄光をあらわそうとされたのです。

3)小さくなって来られた神の御子
人だけでなく、神ご自身も小さくなられました。キリストは大工の子として人となられ、罪人して十字架で死なれたのです。
その弱く、惨めに見えるキリストの十字架に、神の栄光、罪を裁く神の義、罪人をゆるす神の愛が現わされたのです。そこに罪人の赦しと救いが生まれたのです。

4)弱い者を招かれるキリスト
神の御子キリストは病人を招き、重荷を負い苦労している人をご自身の元に来るよう招いています。来るものが救われる為です。

 救われた私たちの信仰生活は、砕かれた弱さを持ったままに、高ぶらずキリストに寄り頼み、常に主の栄光をほめたたえることです。背伸びせず、弱さのままに、愛してくださる主を尊び、喜びと感謝のある信仰生活です。その時、主は御力が現わされ、静まらせてくださり勝利を与えて下さいます。
2026年2月1日 説教要旨 あなたはわたしの友である
 ヨハネによる福音書/ 15章 14〜15節「あなたがたにわたしが命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。 わたしはもう、あなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人のしていることを知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼んだ。わたしの父から聞いたことを皆、あなたがたに知らせたからである。

 聖書に神の友と呼ばれる個所は数か所しかなく、旧約ではアブラハムに対して「わたしの友」と一度あり、新約では弟子たちにイエス様が「わたしの友である」と言われたぐらいです。その御言葉から、条件のように書かれたるのが、
@わたしが命じることを行うなら
A父から聞いたことを皆、あなたがたに知らせたから と言っています。

 ヨハネ15章はキリストにつながること、そして弟子たちを愛している事、命を捨てる愛が書かれていて、その上で上記の言葉をもって友であると言いました。
これらを通して、友とは愛の交わりがあり、その故に心が同じ、思いが同じである弟子たちに対して友と呼んだのです。

 イエス様は弟子たちが僕の思いで従うだけでなく、深い愛の交わりと一致がある友として、同じ道を進むことを願われているのです。そして、その歩みにこそ、真の喜び、神の子にふさわしい安定した喜びがあることを伝えようとしたのです。
ヨハネ15章11節「わたしがこれらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにも宿るため、また、あなたがたの喜びが満ちあふれるためである。」 ところが、どれほどの信仰者がこの喜びを経験しているでしょうか。私たちはこの主の喜びに満たされることを目標にすべきと思うのです。

 主の友と言うのが、主につながり、主と共に同じ方向に歩む者であるなら、その時、「わたしの喜び」がその信仰者に満ち溢れます。
1)世を愛する世の友となってはいけません。(ヤコブ4:4)
2)キリストの愛を知り、受けて、キリストにつながり続けましょう。
3)友として、キリストの御業に喜んで参加しましょう。(コロサイ1:24)

 その時、キリストの喜びが私たちの内に満ち溢れる。キリストにつながり、キリストを見続けること。信仰の導き手、完成者であるイエス様にとどまり、共に歩むことを求めましょう。(ヘブル12章 2節)。主が喜ばれることです。
2026年1月4日 年始礼拝 万事益となる主のご計画 <エステル記>
ローマ人への手紙8章 28節「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。」

 エステル記には神様に関する名が出てきません。しかし、驚く奇跡はありませんが、誰が読んでもそこに神様のお働きを知るのです。そして、イスラエルの民の救いであり、万事が益となる方向に明確に進ませています。

1)エステル ペルシャ王妃につく 
エステルが不思議な方法で、ペルシャの王妃に選ばれるところから始まります。彼女の容貌だけでなく、心と日々の態度が認められたのです。

2)敵対者の出現
アマレク人の子孫ハマンが、ペルシャの王国の最も高い大臣につきます。彼は高慢で、他の人に敬礼を要求し、王の命令とします。ところが、ユダヤ人モルデカイは敬礼せず、ハマンは怒り、ペルシャ全国のユダヤ人を虐殺することを王にゆるされ、法としてしまうのです。

3)神の救いのご計画
@モルデカイの功績 この時、すでに救いのご計画は始まっていて、モルデカイの王を救った功績が王の日誌に載せられ、王が眠れない夜にそれを読み、彼の功績を思い出し、モルデカイをハマンによって称えさせるのです。

Aエステルの策略
神は奇跡ではなく、人を用いて神の民を救います。
モルデカイはエステルにこの時こそ、勇気を出して王に救いを請う時だと告げます。エステルは死ぬことを覚悟して策を実行し、ついに、ハマンの策略を破るのです。結果、ペルシャ全国のユダヤ人は救われ、今に至るまでプリムの祭りとして祝われています。

 神様は明確にご自身の名を出されなくても、驚く奇跡を起こさなくても、日常の出来事で導き、全てを益とされます。その時、私たちが用いられるのです。信仰者は信仰をもって、主に信頼し、従順に歩み、主にすべてをお委ねして進みます。結果として、主の道を見いだし、主の救いのご計画が進んでいきます。